50代子育て人生を振り返りながら趣味に生きる

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子育てエピソード Vol.1 娘編

子育て=親育て…

私には、子供が2人います。

娘と、息子です。

本日は、娘の育児エピソードを、紹介します。

 

分身、あらわる!子育て始まる… 

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初めての妊娠

私の母は、6人子供を産んでいて、一番下の妹に関しては、自宅出産でした。

 

そんな母を見ていたので、私にとって妊娠、出産は、簡単なものだという認識がありました。

 

ところが、思いのほか、娘の出産に至るまでは、大変でした。

 

切迫流産の危機

まず妊娠したかどうかわからない第2週目に入った頃、お腹に異変を感じ、義母の勧めで、産婦人科に行った事により、妊娠、それも切迫流産が判明しました

kotobank.jp

少量の出血があったのですが、その出血が止まって、1週間は安静に、横になっているように指示されました。

 

自分の実家より、夫の実家の方が近かったため、私は義母にお世話になり、何とか流産を免れました。

 

辛くて、長い…つわりの日々

つわりは、一般的には、安定期に入るとなくなると言われていますが、私の場合は、軽いつわりが、出産までありました。

 

軽いと言っても、ず~っと気持ちが悪い状態が、約10ヵ月続くわけですから、さすがにキツいものがありました。

 

嗅覚が敏感になり、スーパーに入るとまず、生臭い臭いを感じ、仕事から帰宅した夫に会うと、タバコと車の臭いで、吐き気をもよおすのです。

 

ワサビやショウガのような薬味は、全く受け付けなくなりました。

 

実の母に話すと、同じように、産むまでずっと、つわりがあったと、聞かされました。

 

もしかして、つわりは遺伝するのか?そういう疑問が浮かんだ…いや、その時は、遺伝するんだと、信じ込んでいました。

 

今回は、いい機会なので、調べてみました。

 

つわりは遺伝するか

http://www.pixy.cx/~kamosika/iden.html

 つわりは一人一人違うので、はっきりとは決められません。過剰に不安にならずに、生活をそのときの体調に合わせて臨機応変に変えたり、旦那さんや知人、専門科の協力を速やかに求めたり、妊娠前はなるべく健康な生活を心掛けたりしましょう。

 

どうやら、遺伝の関連性はなかったようです。

 

とにかく、約10ヵ月のつわりは、キツすぎました。

 

不思議な出会い

出産は、予定日を数日過ぎて、何となく陣痛らしい、軽い規則的な痛みを感じ始めました。

 

そろそろ産まれるのかと思いきや、なかなか陣痛が強くならないのです。

 

大きな産婦人科だったので、入院の準備をして、10人ぐらいベッドに寝られるほどの、陣痛室があり、約2日、私はその部屋にいました。

 

周りの人が、入れ替わり立ち代わり、分娩室に移動して行くのを見て、1人取り残されてる気がして、分娩の恐怖より、とにかく早く産まれて!そう思うようになりました。

 

出産は、陣痛だけではなく、子宮口がある程度開かないと、産めないのです。

 

何回も、助産婦さんに、子宮口の開き具合を、子宮に手を突っ込まれて!確認されて、まだまだ!

その繰り返しでした。

192abc.com

 

約2日に及ぶ、陣痛の間、ベッドはありましたが、ずっと横になっていたわけではなく、子宮口が開くように、階段の上り下りなど、運動をしていたと記憶しています。

 

そんな私も、寸前になってくると、陣痛が強くなり、どこから出て来るのか不思議なくらい、強い力が、お腹の子供を出そうとするようになってきました。

 

そこからは、あっという間でした。

勢いで、娘が出てきたという感じでした。

 

私の分身と対面して、かわいい!とか、愛おしい!というより、とにかく不思議でした。

それよりも、身体が疲れきっていて、いつのまにか眠っていました。

 

追っかけおばあちゃん

私にとっては、初めての子供であるのは当然ですが、義母にとっても、初孫で、それはそれは喜んで、異常なほどの、可愛いがりようでした。

 

幸い私は、今時珍しいほど、お姑さんと仲が良く、同居はしていませんでしたが、子供ができる前から、毎週のように、夫の実家に行っていました。

 

娘が産まれてからは、まるで自分の娘の子育てをしているように、いろいろ世話を焼いてくれました。

 

ところがここで、時代の差と、子育てのポリシーの違いで、時々、言い争いが生じる事になりました。

 

例えば、少しでも泣かすと、脱腸になる…裸足でいると、靴下を履かせる…おむつを取り替える時、脚の挙げ方を見て、それじゃ、脱臼する…などと言った事でした。

 

6人兄弟で育った私なので、その過保護さには、半分呆れましたが、本当に良くしてくれて、今では感謝です。

 

今でも思い出して、笑ってしまうのは、洋服から何から、ブランド物を買って来て、子供が身に付けているものは、ほぼ義母が買ってくれた物で、ある日、MIKIHOUSEのママトートバッグを、買って持って来たのです。

 

「お義母さん、これ誰が持つの?」

そう尋ねると

 

「ERIちゃんに決まってるだろう!」

「???」

 「やっぱり、ママはMIKIHOUSEのバッグだろう!?」

「!!!」

 

 可愛いおばあちゃんだと、思いましたね~。

 

そんな感じの毎日だったので、娘は自然と、おばあちゃんっ子になり、

ばあちゃん、ばあちゃん…言ってまして、

相思相愛、おばあちゃんも幸せそうでした。

 

やがて、離れて行く日が訪れるとわかっていても、初孫に、それはそれは、尽くしていました。

 

 

とにかく、わが道を行く

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若くして結婚した、私達夫婦に、経済的な余裕はなく、1歳9か月で、娘は保育園に預ける事になりました。

 

年齢的に、後追いする時期だったので、慣れるまでは泣かれて、母子共に辛かったですが、保育園に通う事になって、ある意味、私の荷も軽くなり、娘もいろいろと学ぶ事ができたと思います。

 

成長するにつれて、個性も出てきて、他の子との違いが、明らかになってきました。

 

もともと、個性を尊重する保育園だったのですが、娘は中でも、超マイペースだったのです。

 

みんなが、外遊びしていても、混ざろうとせず、1人で何かに夢中になっていた事も多かったようです。

 

先生から、こんなエピソードがありました。

 

「おかあさん、今日はね、こっちのお皿から、こっちのお皿に、お箸で小豆を1個1個、ずっと移してましたよ~!」

「はぁ~?」

 

1人で何かに集中していると、周りが全然見えなくなるらしく、しっかりしたお友達に、次は体操の時間だから、着替えなさ~い!と、お世話をされたりもしてたらしいです。

 

私も、集中すると、止まらないので、私に似たのかなあ?ぐらいで、あまり気にも留めてはいませんでしたが…。

 

子育てのポリシー

私の子供は、私が守る!

娘が、保育園を卒園する少し前、園長先生自ら、お話しされました。

 

「お母さん、〇〇〇ちゃんは、義務教育では少し苦労するかもしれません。

でも、集中力があったり、手先が器用であったり、良いところがたくさんあります。

〇〇〇ちゃんを信じて、大事に育ててあげてくださいね!」

 

その言葉は、今でも忘れません。

 

単身赴任で、子育てにほとんど関わっていなかった夫は、頼りにならないので、この子は、私が守る!そう決心しました。

 

更に上を行ってる娘のポリシー

学区の問題で、娘の入学した小学校は、まるで知っている顔がなく、入学式から少し心配していました。

 

ところが娘は、体育館で行われた入学式が終わって、退場する時すでに、隣りの女の子と手を繋いで、ニコニコしながら歩いていました。

 

自分の娘ながら、この子は何者なんだ?と、思いました。

 

確かに、初めて会ったら、元気にあいさつね!

そう、教えていたのは私です。

 

しかし…すごい…(笑)

 

こんな事もありました。

 

近所の家を建てている大工さんに会ったのですが、初めて見かけたというのに、いきなり

「いいうち、建ててますね~!」

「!!?」

穴があったら、入りたかったです。

 

入学してから、数日で、教科書を全部、学校に置いてくるわ…うわばきを忘れたのに気がついて、困っているだろうと、急いで持って行ったら、裸足でニコニコ遊んでいるわ…

 

ある日、あまりに勉強に興味がないようなので、ちょっと注意すると、

「ママ、私は勉強きらいなの!それなのに、なんで勉強しなきゃいけないの!?」

 

あまりにはっきり言われたので、驚いたのと、そもそも小1で、そんな風に考える子がいるなんて、目から鱗で、何も言い返せなかったのを覚えています。

 

逆にここまで言い返せる娘が頼もしく思い、勉強については、うるさく言わなかったですね。

 

 

 私的子育て大作戦

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勉強より大事な事、それは社会性です。

 

私が、1番気に留めたのは、娘と周りの子供たちの関係です。

 

私が見ていない間、娘はお友達とどうゆう付き合い方をするのか?どんな性格の子がいて、どうゆう立場、力関係、いじめの対象にならないか?それを把握して、問題があった場合、すぐに対処してあげられる環境を作りたいと思いました。

 

手っ取り早い方法として、PTA役員になりました。

 

ママ友を自分から誘って、自分の友達にし、我が家でバーベキューを企画したり、家を開放して、いつでも友達が遊びに来られるように、警戒心をなくし、子供の目線で話をしたりしました。

 

私は、パッチワークの指導員を自宅でしていたので、子供手芸教室を開催したりもしました。

 

子育ては、長い…

まだ、半分も紹介していないのに、こんなに長くなってしまいましたね。

まだまだまだ、書きたい事いっぱいです。

でも、止まらなくなりそうです。

なぜなら、私は、本当に!子供がだったのです。

 

という事で、続編を作る事にしました。

お楽しみにしていてくださいね!